Sunday 25 December 2011

戯れ訳『ボヘミアの醜聞』5


「思いもしない出来事が立て続けに起こったものだな」私は言った。「それで、どうなった?」
「そうだな、僕の計画は完全に狂ってしまった。二人はもう教会を出るところだった。一刻の猶予もならず、かつ大胆に行動しなければならない。しかし彼らは外へ出ると別々の方向に向かった。彼は法曹院に、彼女は自宅の方にだ。『5時、いつも通り公園へ行くわ』彼女が別れ際彼にそう言っていたが、僕はもう聞いていなかった。彼らは去って行った。そして僕は自分の用事をしに行った」
「と言うと?」
「食事さ。ロースト・ビーフとビールを」彼は呼び鈴を鳴らしながら言った。「あまりにも慌ただしかったので食べるのを忘れていた。今夜はそれ以上に忙しいだろう。ところで博士、きみが協力してくれればとても有難いが」
「喜んで協力するよ」
「法律違反をするかもしれんぞ。怖いかい?」
「いいや」
「逮捕は?」
「ちゃんとした理由があるなら」
「理由なら最高のがある」
「じゃあ構わない」
「きみの助けが必要になると思ってたよ」
「それで何なんだい?」
「ターナー夫人(※原文ママ)が食事を持ってきてくれたら話そう。・・・さて」
ホームズは夫人が持ってきた質素な食事をがつがつと食べながら言った。
「時間がないから食べながら話すよ。もうすぐ5時だ、2時間後には現場にいなければならない。アイリーン嬢、いや今は夫人か、彼女は7時には自宅に戻るからな。ブライオニー・ロッジで彼女に面会する」
「それで?」
「きみは何もしないでくれ。僕はもう、ある事を仕掛けておいた。この点は譲れないんだ。何が起ころうと、きみは邪魔してはいけない。いいかい?」
「中立でいろということだな?」
「一切何もするな。たぶん、少し不愉快なことが起きるよ。でも、それに加担しないでくれ。結果的に、僕は家の中に運ばれることになるだろう。四、五分後、居間の窓が開けられる。その窓に出来る限り近づいて待機してくれ」
「分かった」
「僕から目を離さないでくれ。見える所にいるようにするから」
「よし」
「そして僕が手を挙げたら・・・あるものを部屋に投げ入れてくれ、それは今から渡す。そして同時に火事だと叫んでくれ。どうだ、面喰らってないだろうな」
「ちっとも」
「別に恐ろしいものじゃないんだ」彼は言いながら長葉巻のような形の筒をポケットから取り出した。「配管工がよく使う発煙筒だよ。両端に雷管が付いていて、自動点火するようになっている。きみの役割はそれだけだ。僕が手を挙げる、きみが火事だと叫ぶ。かなりの人数が集まるはずだ。そしたら通りの端まで退避してくれ、10分後にそこで落ち合おう。不明な点はないかい?」
「中立を守る。窓のそばに寄る。きみを見張る。合図があったらそいつを投げる。火事だと叫ぶ。そして通りの角できみを待つ」
「その通り」
「任せてくれ」
「素晴らしい。では、僕は次の役割に取りかかるとしよう」
ホームズは寝室へと消えた。そして数分もしないうちに、純で感じのよいプロテスタントの聖職者に姿を変えて出てきた。幅広の黒い帽子、ぶかぶかのズボン、白いネクタイに親しみを込めた微笑み。そして、やや観察好きなのは純粋な善意からであると信じ込ませるその雰囲気の作り方は、かの名優ジョン・ヘア氏に並ぶほどと思われた。ホームズが変えたのは単なる衣装だけにとどまらなかった。表情、立ち居振る舞い、いや魂そのものが、彼の演じる新しい役に従って変化していた。彼が犯罪の専門家でなければ科学界が明晰な研究者を得たであろうが、そうでなければ演劇界が優秀な役者を迎えていたことだろう。
我々は6時15分にベーカー・ストリートを出て、サーペンタイン・アベニューに予定時刻の10分前に到着した。すでに日暮れ時で、我々がブライオニー・ロッジの周辺をうろつく間に街灯が一つずつ灯されていった。ブライオニー・ロッジは静かに主の帰りを待っていた。外観はホームズが簡潔に描写してくれた通りだったが、思ったほど近寄りにくい感じではなかった。それどころか、静かな地域の小さな通りにしてはずいぶん活気があった。隅のほうで粗末な身なりをした男達が煙草を吸いながら談笑しているかと思えば、こちらでははさみ研ぎ師が仕事に励んでおり、また別の場所では二人の守衛が看護婦見習いの女の子にちょっかいを出していた。その傍を仕立てのいい服を着た数人の男達が、葉巻を口にくわえて歩いていた。
「わかるかい」邸の前を歩きながらホームズが言った。「この結婚式のおかげで仕事がやりやすくなった。あの写真は今や両刃の剣というわけだ。我々の依頼人があの写真を婚約者に見せたくないように、彼女もゴドフリー・ノートンには絶対見られたくないと考えているだろう。そこで問題だが、写真は今どこにあるか?」
「まったくだな。どこだろう」
「彼女が常に身に着けているとは考えにくい。キャビネ版だ、女性のドレスに隠せるような場所はないよ。それに彼女は王が写真を取り返そうとしていることを知っている。すでに二回、曲がりなりにも試みているんだからね。そうなると、彼女は持ち歩いていないと考える方が自然だ」
「じゃあ、どこに?」
「普通は銀行か弁護士に預けたと見るだろうな。それ以外である可能性は低い。しかし、僕はどちらもピンと来ないんだ。女性は元来秘密主義だ。自分の秘密は自分だけのものにしておきたいと思わないだろうか。それを他人の手に預けるということがあるだろうか。彼女の保護者は頼れる人間かも知れないが、預けるとなれば彼にどのような間接的な、または政治的な影響が及ぶ恐れがあるかを話さなくてはなるまい、それは出来ない相談だ。まして彼女は、写真をこの数日のうちには発送する予定にしていた。彼女の近くにあると見るべきだろう。そうなると、邸の中のどこかだ」
「しかし、二度も押し入ったのだろう」
「ふん!どこを探すべきか知らなかったのさ」
「で、君はどこを探すんだ?」
「探さない」
「じゃあどうする?」
「彼女に出させるよ」
「まさか。断られるに決まってる」
「他に選択の余地はないのさ。さあ、馬車が戻ってきたらしいぞ。僕の頼んだことを一語一句まちがえるな」

No comments:

Post a Comment